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慈覚大師の足跡

当山の北500mに慈覚大師の誕生地があります。
雑木林を背にして古い小堂、石造多宝塔、明治40年に建てられた霊跡碑があり、碑文は真宗講師の南條文雄文学博士の揮毫。

一帯が町指定史跡となっています。堂の前にある古池が昔は井戸で、この水で大師が産湯を使ったと伝えられています。
そのため古くはこの付近を【たらいくぼ】と称していましたが、いつ頃からか【手洗窪(てあらいくぼ)】と呼ばれるようになりました。

現在でも地元の人々はお寺の周辺を【たらいくぼ】と呼んで大師が育ったころと同じ呼び名を使っています。

 

慈覚大師を研究されている方は沢山おられ、多くの方が当寺に来山していますが、 中でもとても印象深くまた、その熱心な研究に感銘を受けた方としてライシャワー元米駐日大使がいます。

慈覚大師の研究で博士号を授与されたライシャワー博士は駐日大使だった昭和33年(1958年)3月誕生地を訪れ、慈覚大師を「世界的偉人」と称えました。その後昭和56年(1971年)誕生地に石碑を建立するにあたり、「世界史的偉人慈覚大師誕生の地」という碑文を寄せられました。

また、色紙にこの碑文の原文とライシャワー博士がスケッチした誕生地の絵が残されております。

この北3kmほどの所、字上岡には大師の母、実相院尼が住んだという実相院跡があり、墓塔も残っています。

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